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新ニッポン  創造者たち
食を通して世界を一つに。
その真摯な夢へ
フードエックス・グローブ株式会社
代表取締役社長
松田 公太
さん
まつだ・こうた ●1968年宮城県生まれ、東京育ち。筑波大学国際関係学類卒業。73年から父親の転勤でアフリカのセネガル、79年から米国マサチューセッツ州で過ごす。90年三和銀行入行、96年退行。97年タリーズコーヒー1号店を銀座にオープン、98年5月タリーズコーヒージャパン(株)を設立。2001年ナスダック・ジャパン(現ヘラクレス)に株式を上場。02年8月持ち株会社体制へ移行し、フードエックス・グローブ(株)に商号変更。緑茶を主力商品に据えた「クーツグリーンティー」も展開、この5月には米国シアトルに海外1号店をオープン。著書に『すべては1杯のコーヒーから』がある。

 タリーズコーヒー、その名を耳にしただけで高い香りが漂ってくるようだ。米国シアトルで生まれたスペシャルティコーヒー。その味わいに衝撃を受け、米国タリーズ社の社長に日本での展開権を直談判した話は業界で有名である。7千万円の借金をして、銀座に1号店を開き、会社設立からわずか3年2カ月でナスダック(現ヘラクレス)に上場。飲食業界史上最速(当時)の快挙だった。

 「起業しようという思いが芽生えたのは中学生の頃です。父の仕事でアフリカのセネガルや米国などで育ちましたが、文化の違い、とくに食の壁がいつも目の前に立ちはだかっていました。セネガルの海岸でウニを見つけ、家族で夢中になって食べたことがありますが、その時現地の人から、日本人は虫を食べるのかとひどく気味悪がられたのですね。日本のすばらしい食文化を知らずそれをすべて否定されたようで、どれほど悔しかったか」

 今は亡き松田さんの母は、苦労の多い海外生活の中で「それでも人々は、私たちを見て日本人全体を判断するのだから、いつでも日本人の代表であることを忘れてはいけない」と子供たちに諭したという。そして息子の友人たちが遊びにくると日本の寿司(すし)や料理を作ってもてなしたが、喜んで食べてくれる友人はいなかったそうだ。

 「やはり原点は文化を分かり合えない悔しさ。何とかしたかった」

 最速の上場を果たし、辣腕(らつわん)の若手起業家として大きな注目を集めた後、MBOにより株式を非上場化する。

 「起業して上場を目標に突き進み、到達すると確かに多くの資金が入り、他者の戦略が入ってくる。しかし若い起業家たちはそこで変わってしまうケースが非常に多い。最初に自分が抱いていた夢を見失い、社会や従業員からも尊敬を失い始めるのです」

 松田さんの夢は会社を大きくしていくということではない。食のおいしさを共有することで、異なる国や民族が心を通わせることができる「文化の架け橋」に向かうことだ。起業はその夢を目指すための手段なのだと語る。一人の力ではできないことを、フェローと呼ぶ従業員や仲間と共にかなえていく。それは、思い描くと心が満たされる未来の姿である、と。

(5月29日掲載、文:田中美絵・写真:三浦健司)

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