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「グラスの中にピカソがいる!」
旨い、の一言が私の財産だ
「MORI BAR」オーナー兼チーフバーテンダー
毛利 隆雄
さん
もうり・たかお ●1947年福岡県生まれ。甲子園出場まであと一歩に迫った野球を続けるため、偶然の仕事からバーの道へ。さまざまな名店などを渡り歩いて修業。83年初出場のカクテルコンペで2位入賞、84年全日本1位。87年日本代表として出場した世界大会で、味・技術部門トップ、総合4位の成績を収める。特に概念を変えたと言われる「マティーニ」で、その名を広く知られるようになった。著書に『マティーニ・イズム−感謝があれば何とかなる−』(たる出版)などがある。毛利隆雄「MARTINI-ISM」ホームページ http://www.martini-ism.com

 世界各地から、日本中から、一杯のマティーニを味わうために人が訪れる。その伝説の主は銀座のバーで静かにほほ笑んでいた。

 毛利さんの存在は、独創的なマティーニと共に広く知られるようになった。マティーニはバーテンダーをはじめ、酒を愛する人が自分だけの味やレシピにこだわり、生涯をかけて探求することから「永遠に未完成のカクテル」と言われるそうだ。その究極を自分の手で。全日本大会で優勝してから、毛利さんはそう思い定めた。

 「それまで十数年もバーの世界で生き、最高の賞も頂いていたのに、これが自分の生涯の仕事だと気づくまで長い年月がかかりました(笑い)。人の仕事への思いは不思議なものです。このころやっと、本気でバーテンダーとして生きる覚悟が定まったのですね」

 冷凍した「ブードルス・ジン」を100回もステアするという、まったく独自の方法。この自分の理想のジンを探し求めて完成するまで、実に3年を要したという。

 「グラスの中にピカソがいる!」。ある外国人は、この一杯はアートだと唸(うな)ったそうだ。

 「このカウンター越しの近さで、ただ一杯のカクテルをお出しする。バーテンダーの思いは磨かれ、研ぎ澄まされていなければなりません。自分のことを本当に大切にしてくれているか。お客様がそれを感じ取る、鋭敏な人の心に結びついている仕事です。それを教えられて鍛えられていくのです」

 毛利語録は仕事に厳しく、深い。「この辺でいいという慢心は、必ず雑味となる」「基本をたたき込めば、そこに個性は咲く」「もがき続けている限りはいいことがある」

 そして、何の変化もないように見える毎日にチャンスは満ちあふれている、と。

 品格のある穏やかな笑顔は、また多くの人のつらさや涙も受け止めてきた。でも、自分こそ人に支えられてきたのだと、毛利さんは言う。

 「私は、成功したのではなく、幸せになったのです」。その言葉に胸を突かれた。

(10月8日掲載、文:田中美絵・写真:南條良明)

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