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美しいボーイソプラノの持ち主であったという。10歳の頃にはその歌声で、大好きなミュージカルの舞台に立っていた。努力をした記憶がほとんどないほど、声がよく出たそうである。そして、中学2年生で声変わりがやってくる。
「自分が自分でなくなると感じるくらいショックは大きいものでした。当然、舞台への出演もなくなり、うつろな気持ちで日を送っていました」
だが山崎さんを見ていたあるクラシックの声楽の先生が、歌の勉強を続けるようにと導いてくれる。その後、音楽の基礎を学ぶだけでなく、英語の力もつけたいと米国の高校に留学を決意。まだまだ引っ込み思案だった17歳の山崎さんは、この留学で大切なものを数多くつかみ取ってくることになった。
「田舎の高校を選んだので、約2千人の生徒の中でアジア人は僕一人。言葉もできず、気後れはするし、人種差別やいじめもたっぷり経験しました。
でも自分から前に出ていって主張しないのは、存在していないのと同じだとわかってから、勇気を奮ってテンションを上げ続けました。ダンスパーティーでだって、前に出て踊ったしね(笑い)。合唱団にも所属し、高校生クラシック声楽コンクールに出場して、いい成績を残したし」
この合唱団で山崎さんは、心から歌を楽しむメンバーに強い衝撃を受け、さらに言葉にはならないほどの開放感を感じたという。「行儀よく、完成度高く歌うことにこだわっていた僕。でも彼らは自分の持ち味のまま、実に気持ちよく歌うんですね。歌で自分を表現することが楽しくて仕方がないように。僕の中で何かがクラッシュしていきました」
声変わりしたときから、ただ歌が好きで歌っている学生だったという7年間。が、その蓄積は底力となって山崎さんを押し上げていく。挑戦した好きなミュージカルの最終選考では、楽譜を見ずに全曲歌えることに驚かれた。現在は次回作に向けてけいこ中で、初のコメディーにも挑んでいる。
歌を楽しみ、愛するのびやかな気持ち。異なった音楽ジャンルもこだわりなく超えていく。そのエネルギーが明るい。
(11月13日掲載、文:田中美絵・写真:南條良明)
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