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30歳までに、人に教えられることをひとつ身につけて。
若い人にとって、それが人生を開く鍵になります。
(株)不二ビューティ代表取締役
美容家
たかの友梨
さん
たかの・ゆり ●1948年新潟県生まれ。理容師・美容師免許を取得後、72年フランスに渡ってヨーロッパ各地でエステティックを学び、独自のエステ理論を確立。78年エステティックサロン「たかの友梨ビューティクリニック」を設立して美容家としての活動を始め、現在全国122店舗を展開する。後進の育成と技術開発をめざす「たかの友梨エステティックアカデミー」学院長。ヒーリングエステ、ロミロミマッサージ、アーユルヴェーダ理論によるエステや脱毛など、世界各地の技術を導入。96年には滞在型の「あゆるば館」を開設。日本肥満学会会員などの他、養護施設「鐘の鳴る丘少年の家」後援会長を務める。主な著書に『たかの友梨自伝「運が悪くってよかった」』(IN通信社)他。たかの友梨ビューティクリニック(電話 03-5465-1107)
 なめらかな白い肌、ピンクの口紅。華やいだ印象のたかのさんは、大きな成功を収めた女性の一人である。自身の名を冠した122の店舗、1200人の従業員、連日のテレビ出演。それはたかのさんが10代の頃から働き始め、技術を磨き、その腕一本で切り拓(ひら)いてきた事業である。

 「複雑な家庭に生まれ育ち、貧しい暮らしの中で、母の口癖は手に職をつけろということでした。中学を出て理容師の学校へ進んだのも、夢を追うというのではなく食べていくための選択でしたね」

 そこで人の数倍努力し、やがて美容業界の発展を予感する。美容師の資格も取得し、そしてエステティックの可能性にめざめていく。その時代感覚と行動力。

 「私自身がニキビに悩まされたり、太りやすかったりと必要に迫られて技術を追い求めた結果なのですが、女性が本質的に求める美しさをどうしても手にしたいという強い欲求がありました。そう思ったからといってパリだ、ヨーロッパだと勉強に飛んで行くなんて私ぐらいかしら(笑い)。でもそこで得た技術が私の人生の扉を開く鍵になりました」

 人をきれいにする技術が、実は外見だけでなくその人の心まで安らかにするとたかのさんは気付き、事業に突き進む。若い時に何かひとつ自信のある能力を持てば、人生の軸が定まるという。

 ここまでくるのに多くの人に助けられたと、たかのさんは感謝の言葉を多く口にする。特に、ある養護施設には特別の思いがある。「幼い頃に親の事情もあって、お世話になった施設が今もあるのです。そこには私と同じような子供たちが、日々寂しさに耐えている。放ってはおけないですね」

 施設の建物を寄贈し、年に何回も園を訪れ、クリスマスにはサンタになり、夏休みにはディズニーランドに連れて行く。子供たちの話を始めるとキリッとした表情が崩れ、目に涙があふれてきた。たかのさんは、今の子供たちの力を借りて、自分の中の少女時代にも愛情を注ぎ直しているのだろう。

 「私の仕事、エステの本質はナースだと思う。人が安らぐ、満たされる。それが何よりうれしい」。すばらしい美のナースである。  

(12月12日掲載、文:田中美絵・写真:南條良明)

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