メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ここから本文エリア

朝日新聞デジタル > 転職 > あの人とこんな話

朝日求人ウェブ
朝日新聞に掲載された求人情報
朝日新聞に掲載された求人情報
会員登録   会員登録すると直接応募やwebメールでの
送受信など色々な機能が利用できます。
ログイン  
パスワードを忘れたら ヘルプ
ご利用にあたって お問い合わせ
 
メッキの輝く美しさ、耐久性、そして可能性。
いくら言葉にしても足りない、伝えたい。
日本電鍍工業(株)代表取締役
伊藤 麻美
さん
いとう・まみ ●1967年東京生まれ。上智大学に入学し、外国語学部比較文化学科Business/Economicsを専攻。卒業後FMラジオやTVなどのパーソナリティーを約8年経験し、98年米国カリフォルニア州に留学。宝石の学校GIA(Gemological Institute of America)にて宝石の鑑定士・鑑別士の資格GG(Graduate Gemologist)を取得後、さらに宝石デザインを学んで帰国。2000年より現職。ホームページ(http://www.nihondento.com)

 老舗(しにせ)のメッキ企業を率いる社長と聞いても戸惑うような、若くはつらつとした印象の女性である。2000年に、亡き父の会社を継いだ。ITバブルがはじけ、業界は低迷の中にあり、伊藤さんの会社も危機的な状況だったその時に、会社経営のイロハも知らないまま責任のある立場へ突き進んだという。

 幼稚園からインターナショナルスクールへ通い、好きなことをしていいと自由に伸び伸びと育てられた。大学卒業後は就職をせず、フリーのDJとなる。自分のレギュラー番組を持つほど頭角を現すが、少し窮屈になって8年で終止符。

 「音楽と同じくらい好きだった宝石を学びたくなって渡米しました。何でも徹底的にやらないと気のすまない性格で飛び込んでしまうんですね」

 この時すでに父親は亡く7年の年月が過ぎている。でも父の会社は信頼できる人が受け継いでくれたから、自分は自分の道を行くだけと考えていたのだが。

 「裏切りというのが、この世の中に実在するなんて能天気な私は思いもしなかったのですが、それが父の会社で起きた。危機感が強くなりました。私がやってダメなら父も納得してくれると考えて、再建に必死になった」

 見事に何も知らなかったと伊藤さんは笑う。世界でも群を抜くメッキの技術を父は確立していたが、販路は先細っていた。経営って何をすることか、決算書はどこを見るのか。融資はどう受けるのか。

 「社員の不安たるや大変だったと思います(笑い)。私には二つの思いがありました。ひとつは社員とその家族の暮らしを守り抜きたいということ。そして、メッキはこんなに美しいのだから必ず求める人がいる、と。これがすべての原動力なんです。やればできるはず、と」

 就任5年目、年商5億、経営は黒字に転じている。たった一品の注文にも最高の技術で応え、メッキを生かせる素材を自分で考え抜いては飛び込み営業も辞さない。メッキの美しさ、そのすばらしさを誇らしく思っているから。

 「ポジティブです(笑い)。メッキの可能性は本当に大きいので」。応援したくなる。

(2月21日掲載、文:田中美絵・写真:南條良明)

さらに古いバックナンバー >>