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地域とつながる大学を
めざし、変化を起こしたい
写真 秋田大学学長/工学博士
吉村 昇
さん
よしむら・のぼる ●1943年新潟県生まれ、秋田市育ち。69年秋田大学大学院鉱山学研究科修士課程電気工学専攻修了。74年名古屋大学にて工学博士学位取得。78〜80年米国留学を経て83年秋田大学鉱山学部教授、95〜98年同大学鉱山学部長、98年学部名改称に伴い同大学工学資源学部長、2006年国立大学法人秋田大学工学資源学部長を経て、08年から現職。専門分野は、基礎電気工学。秋田県発展戦略会議委員ほか役職多数。秋田大学公式サイト http://www.akita-u.ac.jp

 学長就任は1年8カ月前。秋田大学の生え抜きであり、学校だけではなく生まれ育った故郷への思いが、吉村さんの言葉のはしばしにあふれ出す。秋田県も年間一万数千人に及ぶ人口減少の悩みをかかえ、大学は生き残りをかけてさまざまな取り組みを始めているが、吉村さんには国立大学法人を運営するという役割への情熱と郷土への愛の強さ、その両輪の力強さを感じる。

 「秋田で育って、秋田大学を出て、ここで教える仕事に就いた。私の心も体も秋田産なので、こんなに素晴らしい土地をなぜ出て行くんだと思います(笑)。それと同時に、他の県や外国の若い人にも魅力のある存在になりたい。この地は米も農作物も豊かに取れ、東北人の奥ゆかしさもあってなんとなくおっとりと年月が過ぎてきた。しかし、時代の大きな変化はもう待ってはくれない。行政も企業も本気になって、大学と連携して動き出す道筋をつけていきたい」

 かつて鉱山で栄えた秋田はその技師を育てるために専門学校を創設し、それが秋田大学鉱山学部の前身となった。1994年には県内の地下資源の鉱山はすべて閉山している。その火はすっかり消えたかに思えたが、現在また「都市鉱山」という言葉が注目を集めている。金属リサイクル産業である。

 「私たちには資源を取り扱うこの分野に100年近い実績と自信がある。かつての鉱山学部は工学資源学部となり、日本の未来にも、諸外国の未来にも重要な学問と研究を担えます。日本だけでなく、世界的にもユニークなのですね。だからこそ海外からの留学生も多い」

 これを「地の力」だと吉村さんは呼ぶ。秋田大学の学生をどんどん町へ送り出し、地域の事業振興会メンバーや、工場や商店街で交流を図る。留学した米国で体験した出入りの自由な開かれた大学像も念頭にあるという。

 「知は、人や地域に活(い)かしてこそ知です」。ダイナミックで行動的な学長が、秋田おこしの先頭に立っている。

(12月7日掲載、文:田中美絵・写真:南條良明)

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