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言葉と言葉の間に空気がゆっくりと流れる。質問を投げかけ、返ってくるその瞬間を待っている時間が濃い。あの菅原さんの低い声で届く言葉が、ずっしりと気持ちにこたえるからだ。仕事について伺っている時だった。
「生涯現役で仕事をすることはあたりまえだと思う。それは金を稼ぐというような狭い定義ではなく、生きている限りできることをして働くということだ。
若いうちだけではない。十分な年月仕事をして蓄えができ、勤め先はリタイアしても、友だちと群れて趣味ざんまいで満ち足りるだろうか。自分の人生を全うするというのは、どんな時点でも働きがいを見つけることだと思う」
菅原さんは俳優でありながら農業生産法人を設立して、これからの日本の農業を考え実践する取り組みを始めたばかりだ。昔から、汗をかかない仕事は労働ではないという持論を持っていた。
その菅原さんが韓国の農村で働き続ける老夫婦のドキュメンタリー映画『牛の鈴音』に魅了される。登場人物は働き詰めに働いてきた農夫と妻と、一頭のやせ細った老牛だけである。農夫は機械も農薬も使わず、長年、ただひたすら朝から晩まで不自由な足を引きずって畑を耕してきた。
「人として本物がいると感じたね。なぜ働くかなんて理屈はない。呼吸して生きているように、死に至るまで働く。おれたちの父や祖父がそうだったように、ただ懸命なことが尊い」
今の世の中、豊かになどなっていないと菅原さんは続ける。誰もが儲(もう)けという数字を追って机の前にしがみつき、その金で食料を輸入し、いい暮らしをしている幻想に浸っているだけだと。
「日本人は休日だ、祝日だと休みすぎだとも思う。なんだか砂上の楼閣にいる気がするんだが」
最後の一言もずっしり重い。
(12月15日掲載、文:田中美絵・写真:南條良明)
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