メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ここから本文エリア

朝日新聞デジタル > 転職 > 仕事力

朝日求人ウェブ
朝日新聞に掲載された求人情報
朝日新聞に掲載された求人情報
会員登録   会員登録すると直接応募やwebメールでの
送受信など色々な機能が利用できます。
ログイン  
パスワードを忘れたら ヘルプ
ご利用にあたって お問い合わせ
 
「感じた人は、行う責任がある」
 羽田澄子が語る仕事―3
写真
まっしぐらより他なく

そこまでやるか、と
追求するエネルギーを

 経験もなく、まだ30歳と若い時期に記録映画の監督を任され、初めて手がけてから、私は自分の中にかなり強い探究心があることに気がつきました。「なぜ?」と感じるとその先を知りたくて、時間も労力も、周囲の心配もどこか遠い。

 『もんしろちょう−行動の実験的観察−』という映画を作った時もそうでした。東京農工大学の教授だった日高敏隆先生が、「小さなチョウにとって無限に広いこの世界で、雄はどうやって雌を見つけるのか?」「黄色い花に飛んでくるのはどうしてなのか?」といった新しい動物行動学の話をされ、「その視点で撮った映画がない」と言われたのです。私はたちまち、映画によってその自然界の不思議を解明したいと夢中になった。

 それから3年間、私たちのスタッフはキャベツに産みつけさせた卵を孵化(ふか)させ、青虫、サナギへとモンシロチョウを育てることに集中。それを放って生態を追う実験を続けました。1回の実験で使うのは100匹以上、それでも一瞬で飛び去る。実は私は虫に弱いのですが、仕事の90%ほどは青虫からモンシロチョウを育てること(笑)。その数は約3万匹にも上りました。

 自然の摂理のほんの一部を知るだけでも、謙虚で根気強い努力が必要です。あまりにも手間や年月がかかり、すぐに結果が出ない仕事は限りなくあります。でも自分の気持ちさえ途切れなければ、ゴールまでたどり着く。一人の信念が、「難しい仕事の火を消さない」のではないか。私の仕事のやり方もまさにそうで、イメージが決まれば何でもやり、どんどん行動してきた。監督としての評価などは外からのもので、私自身にはどう言われるかなどという発想はありません。突き進んでいけば面白い、それがエネルギーなのです。

作りたいものは
すべて作る

 私は岩波映画製作所の社員として企業や官公庁、学術機関などからもたらされる企画で様々な作品を面白く感じながら作っていたのですが、ある時にふと「私は作り手として、このままでいいのか」という思いが胸をよぎりました。撮るべきもの、本当に撮りたいものを、自分で求めたいと思ったのですね。

 千数百年も生き続けて、そこに根を張り花を咲かせる桜を撮った『薄墨の桜』が、私の発想で自由に作った初めての作品でしたが、周りの危惧はそれは大きかった。でも、私の心は「撮らなければ」と言っていた。理解してくれるカメラマンと2人だけで桜の下へ通い、完成までに4年の歳月を要しました。それほどまでに思いを込めた作品でしたが、映画の専門家には理解されず、「こんな作品は人に見せるものじゃない。押し入れにしまっておけ」と言った監督もいたほどです。それでも、この作品は静かに評価を得ていきました。

 自分の心に飛び込んできて忘れられない事象、心を動かしてやまないもの。基準はいつも私の中にあります。その作品をどう作るかしか頭になく、製作費やその他の算段にも思いが至りません。岩波映画を定年退職した後のそんな私を支えてくれたのは、「自由工房」を経営する夫・工藤充プロデューサーです。「いま作るべき映像は何か」ということで2人が一致すると、彼の力で製作費が生み出され、私は作りたい作品を制作できるようになりました。(談)

はねだ・すみこ ●記録映画作家。1926年旧満州大連(現・中国大連市)生まれ、自由学園女子部高等科卒業。50年(株)岩波映画製作所に入社し、記録映画の演出に携わる。81年以降(株)自由工房を拠点にフリーの記録映画作家として活躍し現在に至る。作品に『早池峰の賦』(文化庁芸術選奨文部大臣賞ほか受賞)、『痴呆性老人の世界』(毎日映画コンクール教育文化映画賞ほか受賞)など多数。新著に『私の記録映画人生』(岩波現代文庫)がある。