メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ここから本文エリア

朝日新聞デジタル > 転職 > 仕事力

朝日求人ウェブ
朝日新聞に掲載された求人情報
朝日新聞に掲載された求人情報
会員登録   会員登録すると直接応募やwebメールでの
送受信など色々な機能が利用できます。
ログイン  
パスワードを忘れたら ヘルプ
ご利用にあたって お問い合わせ
 
「いくつもの仕事を当然とする」
 手嶋龍一が語る仕事―4
写真
個の知力が組織を強くする

9・11テロへ
忍び寄る危機の足音

 大事件に遭遇して誤りなき判断を下すには? 僕が9・11テロの現場に身を置いていたからでしょう、様々な方からこう尋ねられました。こんな問いには「事件現場に居合わせることに尽きます」と答えてきました。実は現場の指揮官が留守だったというケースは意外に多いのです。2001年9月11日の朝、僕はいつもより1時間も早く自宅を出て、ホワイトハウス近くのワシントン支局のそばまで来ていた。その時カーラジオが、「小型機がニューヨークの世界貿易センタービルにぶつかった」と緊急ニュースを流したのです。ラジオは「事故らしい」と伝えていましたが、僕の直感は「違う」とささやいていました。

 実は1993年、同じビルの地下に爆弾が仕掛けられるというテロ事件が起きていたからです。「小さな巨人」と畏(おそ)れられた女性の検察官が、執念の捜査を続けた結果、アルカイダの組織的犯行であることを突き止め、裁きの場に彼らの組織を引き出したのです。98年にはアフリカの米国大使館が、さらに2年後にはイエメンのアデン港に停泊中の米軍駆逐艦コールが自爆テロの標的になりました。超大国そのものが狙われていたのです。そして聖戦に取りつかれたテロリストが米国に浸透し始めていた。全てのインテリジェンス(機密情報)は米国の中枢に危機が忍び寄っていることを示していました。でも危機感を募らせていたのは小さな巨人ひとりだったと言っていいでしょう。

 ワシントン支局のスタジオに駆け込もうとした時でした。ポトマック河を挟んでそびえるペンタゴンから、黒々とした煙が上がっているのが見えました。この瞬間、米国の経済と国防の心臓部が攻撃された同時多発テロだと確信しました。そして長く過酷な報道が始まったのです。事件の1週間前には、大容量のハイビジョン映像を伝送できる光ファイバーで東京−ワシントンが結ばれましたから、24時間態勢の中継が11日間にわたって続きました。

 事件の初動では、昼夜を問わず取材を続けたいという衝動に駆られます。でも取材チームには、きちんと食事をし、睡眠を取ることだけは厳命しました。未曽有の事態を長期にわたって報道するには、自らを極限状態に置いてはいけない。的確な現場の判断は余力を残した体力こそが支えるからです。われらがチームからひとりの病人もけが人も出さなかったことを誇りに感じています。3カ月も、全員が本当によくやってくれました。

携帯電話を海へ。
個の人生に歩みだす

 ニュースの現場を離れて、大きな執筆テーマに取り組もう。こう思ったきっかけ、それはサンフランシスコのホテルでの出来事でした。売店で朝刊を買おうとして、血の気がさっと引いた。「大統領、暗殺される」と大きな活字が躍っているではありませんか。とっさに僕はなぜ一報を取り損ねたのかと自問しました。でもその記事は、63年のケネディ暗殺の号外を報じた新聞のお土産でした。こんな過酷な稼業から自分を解き放してやりたくなったのです。

 後に自著『ウルトラ・ダラー』として世に出る物語の構想は固まっていましたから、あとは辞表を出すだけでした。僕は、チェサピーク湾に臨む小さな港町に借りていたコテージに向かいました。そして水平線に向かって、僕とホワイトハウスを結ぶ携帯電話を投げ込みました。あの爽快感は何とも言えなかったなあ。僕の新しい仕事はこうして始まりました。(談)

てしま・りゅういち ●外交ジャーナリスト、作家、慶応義塾大学大学院教授。北海道生まれ、1974年NHK記者となり、政治部、ワシントン特派員を経てハーバード大学・国際問題研究所フェローに招聘(しょうへい)される。ドイツ支局長、ワシントン支局長を歴任し、9・11同時多発テロ事件では11日間連続の中継放送を担う。2005年NHKから独立し、発表したインテリジェンス小説『ウルトラ・ダラー』『スギハラ・サバイバル』がベストセラーに。主な著書に『たそがれゆく日米同盟』『ブラック・スワン降臨』など。