メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ここから本文エリア

朝日新聞デジタル > 転職 > 仕事力

朝日求人ウェブ
朝日新聞に掲載された求人情報
朝日新聞に掲載された求人情報
会員登録   会員登録すると直接応募やwebメールでの
送受信など色々な機能が利用できます。
ログイン  
パスワードを忘れたら ヘルプ
ご利用にあたって お問い合わせ
 
「自分を知らずに終わるな」
 安藤優子が語る仕事―2
写真
幼子に教えられた人の気高さ

ニュースの報道は
「人間」を伝える仕事

 20代から、リポートが下手だと言われながらもカメラの前に立ち続けてきましたが、それはやはり現場には全てがあると感じるからです。そのことを強く刻み込まれた、忘れられない災害がありました。

 1993年の北海道南西沖地震です。推定震度6という大地震で、震源に近い奥尻島を中心に200人を超す死者が出ました。現場はカメラを向けることも忘れるほどの壮絶な状態で、私たちが到着した直後、自衛隊による給水が始まるところでした。そこにランニングシャツで裸足の7歳ぐらいの男の子が、からのペットボトルを抱えて並んでいたのです。家族の手伝いをしているのだと思いその後をついていったのですが、入っていった体育館は避難所ではなく遺体安置所でした。次々と運び込まれる遺体、肉親を捜す人たちの阿鼻叫喚(あびきょうかん)の世界。

 私たちは入り口でカメラを止め、その子の行く先を見ると、白い布がかけられたご遺体のそばでした。今もらってきた水を自分では一口も飲むことなく、手にした布に水を浸して、父親らしいその体の真っ黒なススを拭い始めたのです。この地震ではLPガスに引火して火災も発生しましたが、その被害に遭われたようでした。

 年端もいかない子どもが、やっと手に入れた水でお父さんの体を拭い続けている。私はそれを目の当たりにしてひどく心を揺さぶられ、人間というのは何と気高く、品性の高いものかと教えられた思いでした。もちろん、その反対の邪悪な行いもまた人間の営みです。天使であり、また悪魔にもなる存在。報道は、ニュースの背後にあるその「人間」を伝える仕事だからこそ、私は全身で現場から何かを感じ取りたいのですね。

スタジオにいる時は
「掟(おきて)破りのアンドー」

 毎日毎日ニュースに向き合う中で、この男の子の姿が何度私の脳裏をよぎったか分かりません。今はもう立派な青年になっていることでしょう。現場に出るよりもスタジオを守る役割の今、私が中継の現場にしつこいほど質問をしてしまうのは、あの地震の時の男の子に真実を見たように、もう一歩突っ込まなければ見逃してしまう何かがあるのではないかと、危機感を呼び覚まされるからです。

 予定時間をオーバーするのに、私がスタジオから現場の記者に「もう一つ聞きたいことがあるのですがー」と問いかけると、みんな身構えるそうです(笑)。でも、現場を追い詰めるつもりなどみじんもなく、ただ、視聴者に伝えるべきことはもうないのかどうか知りたい。大きな事件や災害の真っただ中では、情報が錯綜(さくそう)して何がどうなっているのか視聴者には分からない。ギリギリまでつかんだことを伝える、やれるだけはやるというのが仕事なのです。

 報道は、ほんの一部を切り取るだけ。カメラが置き去りにした現実の中に、それはそれは多くの厳しい現実がびっしりと横たわっています。そして報道に限らず、仕事とはどんな職種でも人間の営みに寄り添うものなのでしょうね。表面的ではなく、その奥のまた奥にはいったいどんな現実が、どんな思いが潜んでいるのかと、自分を駆り立てて知ろうとする覚悟が、仕事への気持ちを強くするのだと思います。(談)

あんどう・ゆうこ ●ジャーナリスト、ニュースキャスター。1958年千葉県生まれ。88年上智大学国際学部卒業、2008年同大大学院修士課程修了。大学在学中からキャスターやリポーターとして報道番組に携わる。「ニュースステーション」「CNNデイウォッチ」「ニュースJAPAN」「FNNスーパータイム」などを経て、00年から「FNNスーパーニュース」メーンキャスター。ジャーナリストとして「フィリピン政変」のリポートでギャラクシー賞個人奨励賞を受賞。著書に『以上、現場からでした。』『ひるまない』他がある。