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「胸にある志に着火しませんか」
 白木夏子が語る仕事―1
写真
世界の現状に無知だった

戦争の傷、そして貧困
ここまでひどいのか

 何となく知識として知っていることと、「現場」はこうも違うのか。初めてその衝撃を受けたのは短大生時代、フォトジャーナリスト桃井和馬さんの講演会ででした。

 世界140カ国以上を旅しながら、環境問題や紛争地域を撮影し、鋭い文章で切り込んでいく、その仕事から伝わってくる世界の惨状はすさまじいものでした。インドネシアでの山火事で燃え続ける熱帯雨林、紛争地帯で打ち捨てられている遺体や頭蓋骨(ずがいこつ)、その傍らで、それでも生きようとする人の必死な姿。写真を見るほどに「私も何かしたい」と心の底から思いが突き上げてきたのです。

 その当時の私は、ただ漠然と留学を目指しているだけでしたし、高校生の頃は、ファッションデザイナーだった母の影響もあってアパレル業界への就職を考え、両親から反対されると諦めてしまい、まだ将来への具体性など持ってはいませんでした。それなのにこの瞬間、パチンとスイッチの入る音が聞こえ、私は、発展途上国の開発についてスキルと知識を学ばなくてはと留学準備を始めたのです。そしてロンドン大学に入学しました。それは私の中にずっと潜んでいたのか、自分でも驚くほどの強い衝動でした。

 勇んで留学した大学での毎日はつらいものでした。もともと人見知りな性格で英語も未熟、授業で意見を求められても発言できない。リポートを提出すれば低いD評価。食べ物も合わず、孤独感も強く、大学へ行く途中でおなかが痛くなって道端にしゃがみ込んで動けなくなるほど追い込まれました。休暇で帰国した時には、留学を続けられないと苦しみましたが、しばらく滞在すると「今の私にとって、日本での環境は生ぬるい」と思い始めたのです。

苦しい環境で
成長させてもらおう

 登校拒否に近い状態で戻った母国は本当に豊かで快適な場所でした。人々は穏やか、おいしいものがいつでも食べられ、交通機関が張り巡らされていて国中どこへでも行ける。でも、ここにいたら次の新しい私を作っていくことはできない、苦労しないでどうやって成長するんだと気づきます。大学に戻ってからは、自信がなくても手を挙げて発言し、人の中にも入っていくように努め一つハードルを越えました。

 自分には何ができるのか。この問いは、いつもどんな時にも私の中から消えません。現場を見たくていろいろな土地や国を歩きましたが、最も印象に残ったのは、大学1年の時に訪れたインドです。この体験こそ、私の仕事の直接のきっかけになったと言っても過言ではないでしょう。

 貧困層の現実を知るために訪れたのは、複雑なカースト制度の、最も下層にいると言われる人々が住む村々。激しい差別に苦しみながら、牛を飼って、あるいは魚を取って生計を立てる暮らしです。中でも悲惨だったのは、大理石や雲母などを採掘する人たちで、大人も子どもも過酷な労働で疲れ切り、どんよりとした目をしていました。そして、そんな最下層と言われる人々がインドに多数いるという事実にも、胸が塞がる思いでした。

 途上国の問題は果てしなく大きい。それでも進まずにはいられませんでした。(談)

しらき・なつこ ●(株)HASUNA代表。1981年鹿児島県生まれ、愛知県育ち。短大を卒業後、2002年ロンドン大学キングスカレッジにて開発学を修め、国連人口基金などのインターンや投資ファンド会社を経て09年から人と社会、自然環境に配慮したジュエリーブランド事業を展開。11年世界経済フォーラム(ダボス会議)が選ぶ日本の若手リーダー30人に選出される。著書に『世界と、いっしょに輝く』『自分のために生きる勇気』などがある。