メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ここから本文エリア

朝日新聞デジタル > 転職 > 仕事力

朝日求人ウェブ
朝日新聞に掲載された求人情報
朝日新聞に掲載された求人情報
会員登録   会員登録すると直接応募やwebメールでの
送受信など色々な機能が利用できます。
ログイン  
パスワードを忘れたら ヘルプ
ご利用にあたって お問い合わせ
 
「胸にある志に着火しませんか」
 白木夏子が語る仕事―2
写真
私は、このままでいいのか

目的は見えないが
実務力をつけていった

 留学時代にみっちりと国際協力を学び、その傍らで幾つもの発展途上国の現場を訪れ、私は、世界の経済格差や不平等を目の当たりにしてきました。社会の基盤そのものを変えることはできないのか。国際的な支援組織でなら力を尽くせるのではないか。

 そして大学卒業後すぐに、世界各地の支援組織のインターン募集に応募し、運良く国連人口基金のベトナム・ハノイ事務所に採用され、続いてアジア開発銀行研究所と合わせて半年間のインターンを経験しました。これらの国際機関で働く職員は優秀で志も高く、素晴らしい仲間に出会えた。けれど私は、それでも何か自分の居場所ではないような気がしていました。

 それは「援助する人」と「援助を受ける人」という支援の構図の中で、私が見てきた貧困の問題を解決できるかと考えたからでした。巨大な組織で頑張り続けても、納得して生き生きとしている私の姿が見えない。じゃあ何をしたいのかと問うても、分からない。ただただモヤモヤと袋小路にたたずんでいるだけです。世界のとてつもなく大きな問題と、この私の力を役立てたいという思いとのあまりにも大きな隔たり。

 考えても考えても答えが出ない長い時間の中で、心に浮かんだのは「ビジネスならどうか」という発想でした。援助するのではなく、自立と成長を支えるために商取引を成立させればいいと。他人から見たら相当に危なっかしい発想かも知れませんね(笑)。

 でも私は、経営の実践を学ぶために帰国し、不動産投資ファンド企業で猛烈に働き始めました。これからどんなビジネスを目指すか、大きな決断は棚上げにしたまま、まず必要な分野から取り組むことにしたのです。

充実して見えても
何かが違う気持ち悪さ

 時代の流れに乗っていたこの企業には、次々と新しい案件が入り、私の仕事は多忙を極めました。始発電車で出社し、帰宅は毎日午前2時か3時、金曜は毎週徹夜して土曜の昼前にやっと仕事が終わります。勤務していた2年半はほぼこのペース。心身が悲鳴を上げる過酷な仕事でしたが、世の中の経済の動き、お金の流れを肌で感じ、知識と満足のいく収入を得ました。

 周囲からは、いわゆる充実したキャリアウーマンに見えたでしょう。両親も日本で働く娘に安心し、これであとは結婚して落ち着いてくれたらと期待しているようでした。

 でも私は、一日たりとも途上国の人々を忘れることができなかった。それどころか、まだ彼らのために動き出していない後ろめたさがあり、いくら考えても人に相談しても答えを見つけられない。強烈な気持ち悪さを抱えたまま、「本当は何がやりたかったのか」と子ども時代の回想を始めてみたんです。

 創ること、そして河原の石集めや鉱物図鑑、古代生物図鑑などが大好きだったし、キラキラと宝石のように美しい水面も飽きずに見ていたっけ。鉱物と言えば、インドの貧しい子どもたちは必死に大理石の採掘をしていたな。そう思い至った時、何と全てが一つにつながったのです。貧しい土地でも生産できる自然界の素材を買い、私の好きなジュエリーを作れると。心に光が差し込んだ瞬間でした。(談)

しらき・なつこ ●(株)HASUNA代表。1981年鹿児島県生まれ、愛知県育ち。短大を卒業後、2002年ロンドン大学キングスカレッジにて開発学を修め、国連人口基金などのインターンや投資ファンド会社を経て09年から人と社会、自然環境に配慮したジュエリーブランド事業を展開。11年世界経済フォーラム(ダボス会議)が選ぶ日本の若手リーダー30人に選出される。著書に『世界と、いっしょに輝く』『自分のために生きる勇気』などがある。