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「思春期世代から離れずに書く」
  辻村 深月が語る仕事―2
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赤毛のアンになれたら

夢は、教師と小説家の両立

 小学生の頃から学校を少し窮屈な場所と感じていた私には、本の世界が救いになりました。高校生の時に、出版社の企画を見て大好きな作家・綾辻行人さんに100枚ものハガキでファンレターを出しました。そのお返事を思い掛けず頂いてから、既に書き始めていた小説家への夢が強くなっていったと思います。

 中学、高校時代も小説は書き続けていました。クラスメートたちが「面白いよ、もっと読みたい」と待っていてくれることも大きな励みになり、自分はプロになれるかも知れないと思うようになりました。私には幼い頃から一つの仕事モデルがあって、それは小説『赤毛のアン』の主人公が選んだ、教師をしながら物語を書く人生です。作者モンゴメリの実際の姿でもあり、私は迷わず大学の教育学部へ進みました。

 小学校教員の養成課程だったので教育実習などが本当に楽しく、教師の仕事の素晴らしさも実感しました。でも、同級生たちが人生を懸け、命懸けで教員になろうとしている姿を見て、私は仲間たちにはかなわないと思ったのです。では自分が人生を懸けて真にやりたいことは何だろうと考えた時に、やはり小説を書きたいのだから真剣に作家になろうと決心がつきました。

 さて、それでは作家を目指す生活はどう実現したらいいのか。山梨県の実家に戻れば時間を作れるという気持ちもあって、母親に話すと「仕事をしながら小説を書くという生活なら助けられる。地に足を着けて夢を見るのもいいんじゃないかな」と言われました。それまでは母に反発心もあったのですが、この時、私が欲しかった言葉をもらってしまった(笑)。地元で仕事を持ち、その上で本当になりたい小説家を目指す人生。ストイックとは言えないかなと少し後ろめたい気持ちを抱きつつ、私は地元でOLになりました。

あなたが進路に迷った時に

 就職先は残業も多かったですが、実家という環境に助けられ、私は昼間働き、夜と週末の時間を使って小説を書く生活になりました。そして勤務して2年目に、公募文学新人賞である「メフィスト賞」を頂いて作家デビューがかないました。

 今も、私の進路の選び方で学生さんからよく聞かれることがあります。「私も教育学部で教員採用試験も受けます。でも本当は小説家になりたい」と。就活中に迷ってしまう気持ちはよく分かります。ただ、それは本当に作家になりたいのか、それとも就職試験や教員採用試験から逃げたいと思ってのことなのか、自分でちゃんと見極めて欲しいんです。

 私が受賞後、綾辻さんから頂いた言葉に「書きたいという情熱がある限りは、何をしていても創作は逃げない」というものがあります。仕事をしていても、書きたければ人は絶対に時間をやりくりして書くと思う。就職をして、それでも書いてきたことが私の「情熱」だったのだと思います。

 仕事に就き社会人になってから、若い自分が職場では一番未熟だと感じることが多くありました。得意な勉強や本から学ぶこととは違う、実地に人と接しての仕事ではかなわない先輩や上司がたくさんいらした。賞を取って作家デビューしても、舞い上がらずにすんだのは就職のお陰でした。(談)

つじむら・みづき ●小説家。1980年山梨県生まれ。千葉大学教育学部を卒業後、実家に戻り地方公共団体に勤務しながら執筆。2004年『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で直木賞、18年『かがみの孤城』で本屋大賞を受賞する。著書はほかに『ぼくのメジャースプーン』『スロウハイツの神様』『ハケンアニメ!』など多数。