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「俺らしく、真実を考える」
  太田 光が語る仕事―1
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空気を読めばいいの?

暗かった高校生活だけど

 高校の入学式の日です。見知らぬ誰かに自分から声を掛けるなんて恥ずかしいし、ずっと黙っていたら、そのまま高校の3年間が過ぎていってしまった気がします。当時は太宰治の小説にハマっていて、「自分は、これで人間として正しいのか?」と考えたりしていました。級友にいきなりそんな話もできないし、みんなに受け入れてもらうために合わせる気もなかった。変なやつだと思われていたでしょうけど、それでいいやと。

 俺の父親は建築関係の仕事をしていました。漫才などのお笑いが好きで、小説を自分で書く楽しみも持っていた。母親は女優を目指していたそうで、子どもの頃はよく一人っ子の俺を映画や舞台に連れて行ってくれました。そのせいか表現のあれこれに興味があって、授業以外の時間はほとんど図書館にいれば退屈しなかったし、無理に友達をつくろうとはしませんでした。

 自分は他の人間と違っているのか。なぜ目の前にいる連中と距離があるのか。なぜ意見や行動が違うのか。俺だって自分が悪いのかなあなんて迷うこともあったんです。でも高2でピカソ展の「泣く女」という絵を見た時、ふっとラクになった。「泣く女」は、モデルがどんな顔かも分からないぐらいグチャグチャに涙を流して悲しんでいる女性の絵でした。描かれたのは、戦時下で肉親や子どもを失った女性も多かった時代です。決して美しく描かれてはいないけれど、ピカソは自分に見えたままの真実を描いたんだと思い、「ああ、何でもありだ」っていう気がしたんです。大切なのは自分に引き寄せて真実を見ることなんだと。

 高校生活は楽しくなかったけれど、登校拒否もせず皆勤賞。ただの一日も休まなかった。きっちり通わなければ、つまらない学校だという事実と向き合えないなと思ったんでしょう。

遠い将来の夢は、映画

 孤独な高校生活を乗り切って、大学でははじけてやるぞと思っていました。日本大学芸術学部演劇学科を受験したのは、俺にとっての夢が映画を撮ることだったから。筆記試験後の面接では暗かった高校生とは打って変わって、過剰なギャグや物まねでアピールしたように記憶しております(笑)。入学してからも、俺の面接が知れ渡っていたらしくて今度は学生が向こうから声を掛けてくる。目立ってなんぼの校風だったからでしょうね。

 映画で俺が特に好きだったのは、喜劇王チャプリンの作品です。子どもの頃に見た時はただ面白くて笑っていたんだと思うのですが、何年経っても心に引っ掛かっていて忘れない。おかしかったなという気持ちのもっと奥に、何かトゲが刺さっちゃってる。彼の作品はヒューマンだと言われているけれど、残酷な笑いが含まれていると感じていたんですね。

 大好きな名作『街の灯』は、貧乏でうらぶれた浮浪者のチャプリンが、目の見えない少女を献身的に助ける物語です。犯罪を犯して手術代を工面し、時が経って目が治った少女の前に偶然いたのは、お金持ちの紳士と信じていた男ではなくボロボロの浮浪者だった。俺は、この瞬間に少女の目によぎった失望が、チャプリンが表現した人間の毒だと思う。どんな優しさよりも、地位や風貌(ふうぼう)ですか、ってね。(談)

おおた・ひかり ●お笑いタレント、漫才師、文筆家。1965年埼玉県生まれ。同じ日本大学芸術学部だった田中裕二氏と88年に漫才コンビ「爆笑問題」結成。93年「NHK新人演芸大賞」の大賞受賞。テレビ朝日系「GAHAHAキング 爆笑王決定戦」10週勝ち抜き初代チャンピオン。テレビやラジオでの活躍ほか文筆活動も活発で、『爆笑問題の日本原論』シリーズ、『マボロシの鳥』など多数。近著に『違和感』(扶桑社)がある。