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「求められる仕事を探り続けよ」 矢内廣が語る仕事―3
情報には色をつけない
情報の取捨選択は
読者がするものだ

 『ぴあ』の編集方針を語る時、当時の時代背景を語らないわけにはいきません。『ぴあ』が創刊された1972年と言えば、学園紛争がひと山越え、キャンパスの中には倦怠(けんたい)感、無力感が蔓延(まんえん)していました。しかしその中に、新しい時代の萌芽(ほうが)があったのです。それはフォークブームであり、ミニコミブームでした。

 吉田拓郎や井上陽水、あるいは「だぶだぼ」に代表されるような、若い世代が思い思いの自己表現をし、それが同世代の若者たちに受け入れられていったのです。

 そんな中『ぴあ』は誕生しました。いつ、どこで、誰が、何を、という客観情報のみで、主観性を排した『ぴあ』の編集方針は若者たちに自然に受け入れられたのです。情報は、とにかく正確で網羅されていなければいけない。そして情報の取捨選択は読者がするもの、と。

 情報の送り手としてのメディアは、多くの情報から取捨選択を恣意(しい)的にするという傲慢(ごうまん)さもあります。「これを読んでいれば今の時代が分かる」というように。実は多様である情報にフィルターをかけてしまったりするのです。私はそうはしたくなかったのです。

本当は『ぴあ』で
インターネットをしたかった

 今思えば、私は『ぴあ』という雑誌を通して、インターネットで現在行っているようなことをしたかったのだと思います。互いに個を認めるという関係です。当時、高名な映画評論家が推薦すればみんなそれを見に行きましたが、そうではないだろう、と。

 評価は読者一人ひとりがするもので、誰かにしてもらうものではない。その前提で、読者はどんな情報が必要なのか、と考えてつくりました。

 メジャーな情報もマイナーな情報も、『ぴあ』に掲載される時は同じ扱いで情報操作をしない。これもネットの基本的な考えだと思いますし、情報の送り手と受け手はフラットで時々入れ替わるものだと思っています。

 実際、学園祭の季節は、普段情報の受け手である学生が送り手に変わっていました。これもインターネットと一緒ですよね。

 時代はどんどん進化しているのですが、実は人間が求めるものというのはそんなに変わっていないのだと思います。いつの時代も人は趣味や楽しみを共有する人に出会いたいものなのです。

 今の時代は、合理性・効率性がますます求められるようになってきており、ナマ身の人間は息苦しささえ感じ始めています。人間は振り子がそっちの方に振れた分だけ逆の非合理性・非効率性の方へ戻してバランスを取りたいと思うようになります。それが、遊びであり、芸術、文化、エンターテインメントなのです。これからも『ぴあ』の思想を変えることなく、さまざまなメディアを通じて人々の感動をサポートしていきたいと思います。(談)

やない・ひろし ●1950年福島県生まれ。ぴあ(株)代表取締役会長兼社長。73年中央大学法学部卒業。大学在学中の72年に月刊情報誌『ぴあ』を創刊、74年ぴあ(株)を設立し、代表取締役社長に就任。2003年より会長を兼務し現職。その他、ぴあグループ7社の代表を務めると共に、(社)日本雑誌協会副理事長、(社)経済同友会幹事、(社)日本音楽著作権協会理事、日本アカデミー賞協会組織委員会委員など公職多数。