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「理系の仕事は世界の要請だ」 中村修二が語る仕事―2
海外に出るという処方箋(せん)
私たちは、日本式の
価値観で染まっている

 アメリカ、ヨーロッパ、中国、そのほかどこの国でも自国が最も暮らしやすくよい国であると教育していきます。政治、風土、宗教そして文化も含めて、教育と言うと言葉がきれいですが、はっきり言えば洗脳していくわけですね(笑い)。

 日本では、加えて滅私奉公の価値観が今も徹底して国民に浸透しています。私が子供のころには、テレビドラマのような身近なものでも、「仕事先では我慢して、途中で逃げ帰るような根性なしになるな」というテーマだった。やめることは悪だと教え込まれ、また周囲すべてが同じ考えだから、違和感がない。会社に長時間残って働くことを責める人は、現在でも少ないでしょう。

 アメリカでもさまざまな自国礼賛教育が行われていますが、彼らはビジネスや留学、長期旅行などで世界中を移動する国民なので、外から自国を見る機会が多く、多民族国家でもあり、ただ一つの価値観に染まることがない。日本は島国であるために新しい空気が流れ込まないのです。

 この滅私奉公の洗脳から解き放たれて、自身の仕事を目指すためには、やはり海外へ出るしか方法はないと思います。それも数年以上は必要でしょう。日本人はきまじめですから、最初は罪悪感や不安があると思いますが、外から日本のサラリーマンを見たら、あんなに働いてわずかな賃金なのだと目が覚める。特に理系のサラリーマンは冷遇されていることがわかると思います。

スレイブ・ナカムラ
と呼ばれた衝撃

 私が青色発光ダイオードを開発後、アメリカへ移住したのはわずか6年前で、それまでの20年間は徳島の小さな企業で朝から晩まで働いていました。会社の周囲は田畑で、研究室はバラック小屋。同僚たちは近在で農業を営み、自転車で通勤してくるのどかな状況です。典型的な日本人である私は、この会社はいつまでもつだろうか。会社のために自分が頑張らなくてはと必死になりました。創業社長が化学技術者でしたから、私の目指す研究を理解し支えてくれましたが、それでも、いつトンネルを抜けるかわからない閉塞(へいそく)感には苦しみましたね。

 青色発光ダイオードについての論文を発表し始め、アメリカの学会に出席したり、企業人と出会い「これだけのすごい研究をして報酬はどれくらいもらっているのか」と聞かれたとき、当時の年収を答えました。普通のサラリーマンと同じくらいです。彼らは大変に驚いて、笑いながら言いました。「スレイブ・ナカムラ(奴隷の中村)」と。そのときの衝撃で、私の洗脳は解けたのだと思います(笑い)。今日も、地道に黙々と現場で研究を続けている人々に、日本の企業は報いているでしょうか。(談)

なかむら・しゅうじ ●カリフォルニア大学サンタバーバラ校工学部教授。1954年愛媛県生まれ。徳島大学工学部電子工学科、同大学院修士課程修了。79年日亜化学工業入社。93年青色発光ダイオードを独力で開発、実用化に成功。20世紀中には不可能といわれたその業績に対し、仁科記念賞、朝日賞、ベンジャミン・フランクリン・メダルなどを受賞。99年日亜化学工業退社。2000年より現職。06年、世界的な技術開発に贈られるミレ二ウム技術賞受賞。主な著書に『好きなことだけやればいい』(バジリコ)、『負けてたまるか!〜青色発光ダイオード開発者の言い分』(朝日新聞社)、『日本の子どもを幸福にする23の提言』(小学館)などがある。