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「理系の仕事は世界の要請だ」 中村修二が語る仕事―3
志のあるサイエンスを
科学者に訪れる
大きな喜び

 渡米後しばらくしてから、私の教授室に大柄な白人男性が、アポイントもなくやってきたことがありました。私に青色発光ダイオードを発明した本人かと確認すると、いきなり握手を求め抱きつかんばかりの様子で「あなたは私の命の恩人だ」と感謝の言葉を続けるのです。彼はアウトドアが好きで、一人で山歩きをしているうちに道に迷い、厳しい自然の中で夜を迎えてしまったのだという。暗闇の中でポケットを探ると、小さな青色発光ダイオードライトのキーホルダーがあり、その明かりで下山して命拾いをしたというのでした。

 ただそのお礼を言うためだけに、開発者の私を訪ねてきた行動力に舌を巻きましたが、何とも言えない喜びが込み上げてきたものです。

 科学者は、まったく縁の下の力持ちに近い仕事です。サービス業のようにお客さんの反応を身近に感じることもないし、営業の数字が跳ね返ってくる日々の手応えも遠い。自分が毎日、夜遅くまで取り組んでいる実験や作業が、いったい何に育っていくのか、どのように社会に届くのか。それさえも研究している本人には分からないことがほとんどです。

 私にとっても10年20年という単位で時間を費やした研究は苦しいものでした。「これが本当に成功するのか」「やり方は正しいのか」「誰かが明日には“できた”というのではないか」。そんな自分との闘いがあります。でもきっとトンネルは抜けていくでしょう。

日本の理系仕事人も
その目は世界を見よ

 徳島の田舎で、一人夜中までオンボロの研究室に残り、私は器具も装置も手作りし、いくつもの失敗も繰り返していました。大学同期の友人たちは大手メーカーに就職し、十分な研究設備や優秀な仲間に恵まれているように見える。「なにくそ」と思うそばから惨めな気持ちにもなりました。

 それでも私の目標だけは世界レベルでした。20世紀中には開発成功に至らないだろうと言われていた青色発光ダイオード。それならこの私が間に合わせてやるぞと思っていましたから。そして本当に実現することができた。

 電気のないアフリカの地に、太陽光発電装置と青色発光ダイオードの電球で光をもたらしたこと。消費電力を大幅に削減できる青色発光ダイオードがアメリカ全土に普及すれば、この国の火力発電所150基が不要になることなどなど、刻々とその成果は表れています。省エネが進み、二酸化炭素の削減が現実化していく。外国では早くから信号機に用いられ、消費電力やメンテナンス費用は大幅に下がり始めており、日本でも最近用いられています。

 私は伝えたい。夕方になるとカエルが鳴くような日本の田舎で、ため息をついて空を見上げている君も、目標を世界水準にせよ、と。理系の仕事人には国境はないのです。(談)

なかむら・しゅうじ ●カリフォルニア大学サンタバーバラ校工学部教授。1954年愛媛県生まれ。徳島大学工学部電子工学科、同大学院修士課程修了。79年日亜化学工業入社。93年青色発光ダイオードを独力で開発、実用化に成功。20世紀中には不可能といわれたその業績に対し、仁科記念賞、朝日賞、ベンジャミン・フランクリン・メダルなどを受賞。99年日亜化学工業退社。2000年より現職。06年、世界的な技術開発に贈られるミレ二ウム技術賞受賞。主な著書に『好きなことだけやればいい』(バジリコ)、『負けてたまるか!〜青色発光ダイオード開発者の言い分』(朝日新聞社)、『日本の子どもを幸福にする23の提言』(小学館)などがある。