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「対価を求めない」
村上憲郎が語る仕事-4
迷ったら原理へ立ち返れ
現象の根底にある
原理の理解が仕事の支え

 世の中の変化が激しい現代では、私たちはつい、はやり廃りに目を奪われがちですが、実は今起きている現象にも、その根底には原理、あるいは基本的な仕組みが横たわっています。そこへ何度も立ち返ってしっかり学び直しておくと、仕事力の土台は確かなものになり、結局はいかなる事態にも臨機応変に対応出来る自信と、その自信に支えられた俊敏な決断力、行動力を生み出すことができると思いますね。

 たとえば経済社会現象の根底原理として、教養課程程度で良いので近代経済学をもう一度復習してみるといい。理系の人なら、さらに線形代数、微分方程式、出来れば解析力学なども復習してみる。だまされたと思ってやってみてください。改めて世界がクッキリと見えてくることに驚くでしょう。

 時代に先駆けた仕事を目ざすために、時代の動向への感度を上げるべく、アンテナを高く掲げる努力もまた非常に大切です。ただ、それだけでは長期的な仕事力として不足なのではないでしょうか。

 私は最初に就職した日立電子で、その他にも原理原則の重要性を徹底的に教えられました。コンピューターの動作原理は1ビット1ビット、文字通り電子回路の配線に触りながら覚えていきましたし、技術だけではない製造業の基本としての納期と原価の管理の大切さを教えられ、工業簿記までやらされました。しかし、その後に仕事をする企業や環境が変わっても、この当時に身につけた基礎の力はずっと役立っています。複雑怪奇な事態や現象に向き合うことになったとしても、「つまりは、原理的には、こういうことに違いないはずだ」という物の見方から来る動じない粘り強さに支えられて、対応することが出来ました。

 また当時の日立には通称「落穂拾い」という仕組みがあり、製品の社外事故、つまり、納入先での不具合について徹底的な原因究明を行って再発防止が図られていました。若い技術者であった私は、お客様のクレームは時には無理難題だと憤慨したりもしましたが(笑い)。しかし、それは、まったくの間違った考え方であるということも、たたき込まれました。現在グーグルで徹底しているユーザーを第一に考えること、たとえ新人でも、自分の仕事の社内外での位置づけを自分でしっかり自覚し、責任を持って担当することなどは、この時に学んだことと同じです ね。仕事を持っている者の責任、基礎となる考え方といえます。

疑問点や出来ないことを
決して放置しない

 優れた仕事人になるには、自発的であることが非常に重要ですが、そのためには、仕事上の疑問は必ずその日のうちに解決することです。グーグル検索という便利なものがありますし(笑い)。

 この疑問を放置する人と検索して解決する人とでは、1日1疑問としても、1年で365項目、10年で3650項目の差が生じる。この差の蓄積の大きさは、ボディーブローのように効いてくると思いますよ。

 また、私は英語が出来ずに大変苦労した経験があります。30歳で日本企業から米国のコンピューター会社の日本法人へ転職しましたが、英語がまったくしゃべれない状態でという無謀さでした。そのことを心配して日立電子の同僚が、出始めたばかりの携帯型カセット再生機を餞別(せんべつ)に贈ってくれましたが、聴けども聴けども、初歩的な会話さえ聴き取れない。耳に病的な欠陥があるのかと悩むほどでしたが、手に入る限りの英語上達法の本を読み尽くし、試行錯誤を重ねた結果、「村上流英語上達術20」として知られる手法まで編み出して、3年ほどで何とか英語で仕事が出来るようになりました。そこで得た教訓は、「語学の上達に必要なのは、知力ではなくて筋トレである」。

 とにかく失敗してもくよくよしないことです。気持ちを切り替え、原理原則に立ち返り、原因を究明し、同じ種類の失敗を繰り返さないよう工夫をすれば、仕事力は必ず伸びていくものですから。(談)

むらかみ・のりお ●グーグル株式会社 代表取締役社長。工学士。1947年大分県生まれ。70年京都大学工学部卒業後、日立電子(株)に入社し、ミニコンピューターシステムのエンジニアとしてキャリアをスタート。 日本DEC(株)マーケティング担当取締役、データベースソフト大手インフォミックスの日本法人最高経営責任者などを経て、97〜 99年Northern Telecom Japanの社長兼最高責任者を務め、後にNorthern Networks Japanと改名された同社において、回線交換方式からIP事業転換を指揮し、2000年には同社最高の収入および利益を生み出して、01年中旬まで、Nortel Networks Japan の日本法人社長兼最高経営責任者。01年よりDocent社の日本法人であるDocent Japan社長を務め、03年4月より現職。グーグル http://www.google.co.jp