仕事にはあなたの
哲学が必要です
いい仕事をしたいなら、先行きをしっかり見据えて、進む方向を自分でつかんでおくことです。今の自分の立場や目の前のことに振り回されて足元が揺れ動いてはダメですね。遠くを見る、それが会社や社会の役に立つことかを考えながら、足の置き場を選んでいくのです。
それは哲学とも言えます。何のために自分は仕事をするのか。その土台が強くなければ、すぐに目の前のトラブルや他人の思惑に巻き込まれてあたふたしだし、足元をすくわれていくことになるでしょう。
女性は勉強することが非常に得意ですから、優秀な成績で入社してくる。しかし、遠くが見えない人が多いのはとても残念だと思いますね。これは性差の一つかもしれませんが、男性はぼうっとしているようでも遠くを見ていることが多い。政治の世界などでも女性が失脚していくのは、この差が影響しているのではないかと、私は見ています。だから、その部分は心していなければいけない。
私は『源氏物語』の現代語訳を10年近くも続けましたけれど、それは日本人の誇りを取り戻すためという、私自身の目標があったから。だから途中で投げ出さなかった。もちろん、仕事は生活の糧を得るために毎日続けていくもの。でもその日々の努力の流れはどのような大海に注ぐのか、決めれば迷いがなくなるでしょう。
自分で自分を
差別しない
私は男尊女卑の考え方がとても嫌です。とくに仕事については男も女もないと思っていますから、意欲があって能力がついてくるなら、個人の資質を見るべきだと思います。
ただし、四角四面に平等を振りかざすのは賢いとは言えませんね。女性が結婚しても仕事を持つことが多くなると、夫が家事を半分やるのが当然だと要求し、かなわないと互いにストレスになる。あるいは会社でお茶くみをさせられるのがどうしても嫌だという。そこにお茶があり、飲みたい人がいるなら、誰が入れてもバチは当たらない。
男性も女性も沽券(こけん)にかかわりすぎではないかと思います。そんなつまらないことにこだわってギクシャクし、本来の家庭の幸福や職場の協力態勢が壊れるようなことでどうするのですか。男だから、女だからと線を引く自分の中の古臭い感情はもう捨てていい。もっと大きな視野を持つ時代になっているのです。
とくに女性は、自分で「女だからいい仕事をやらせてもらえない」と屈折する傾向があるけれど、その限界線や差別感を自分が強く持っていたりしますね。その人自身が囚(とら)われている。もし、職場でのひどい差別が現実なら、女性たちは手を組んできちんと主張して闘いなさい。ただし、瑣末(さまつ)なことで声を荒げるのではなく、改善してもらったら職場全体にどのような良い結果がもたらされるか。その行く先を周囲にも見えるようにすることです。
その時、世間が気になるようなら、何も分かっていないのだと頭の中からけっ飛ばしておきなさい(笑い)。するべきことに哲学を持っていれば、今起きている騒音などそのうちに消えていきます。なぜなら当事者の思いが最も強いからです。(談)
せとうち・じゃくちょう ●作家・僧侶。1922年徳島市生まれ。東京女子大学卒業。57年『女子大生・曲愛玲』で新潮社同人雑誌賞、61年『田村俊子』で田村俊子賞、63年『夏の終り』で女流文学賞、92年『花に問え』で谷崎潤一郎賞、98年NHK放送文化賞、2001年『場所』で野間文芸賞受賞。1973年岩手県平泉町の中尊寺で出家得度。87年〜2005年岩手県天台寺の住職を務める。代表作に『現代語訳 源氏物語』『釈迦』『秘花』など。06年文化勲章受章。比叡山延暦寺の禅光坊の住職に就任。
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