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「一人前でありたい」
 国谷裕子が語る仕事-2
写真
挫折から見えた仕事の道

私に何ができるか。
見えなかった20代の日々

 わずか1年にも満たないうちに、新卒入社した外資系の会社を辞めて、さてどこへ向かっていけばいいのか。私には何の目標もありません。働いてためたお金で一人旅に出てみようと、ヨーロッパを中心に3カ月ほど旅をしましたが、もちろんそんなことで仕事の方向が定まるわけもなく、帰国しました。

 そんな私に、NHKで英語ニュースを読むアナウンスの仕事を受けないかと声が掛かりました。夜7時のニュースの二カ国語放送で、迅速に英訳できて読める人材が必要だからということでした。仕事は週3回、1日4時間。この仕事をしながら、海外で過ごした時間が長かった私は、自分が日本や日本語について知識が不十分だと痛感し、夜は同時通訳の学校に通って勉強しました。

 この仕事以外にも複数の派遣会社に登録し、さまざまな仕事をこなしました。英語で行われたインタビューのテープ起こしや、来日する外国人ジャーナリストから依頼される通訳やリサーチなど、何でもやってみて経験を積み上げていったということでしょうか。英語ニュースの仕事は5年間続け、それ以外の多くの仕事も面白いと感じていたのですが、まだ一つのキャリアとして目指すものは見つかりませんでした。

 結婚するため、すべての仕事をすっぱり辞めてパートナーの仕事先となる米国へ行くことを決めたのも、自分の仕事のイメージが確立していなかったせいかもしれません。

 現代の若い方を見て大変だなと思うのは、企業が即戦力を求める傾向が強いことです。すぐ役に立ち、すぐ自分の目標を持たなければと追い立てられてしまう。しかし、若い時にはそんなにたやすく自分の目標などは分からないのが当たり前です。ですから焦らないで、まずは目の前の仕事にきちんと取り組むこと、ただし視野は広く持って。それが大切だと、自戒を込めて思います。

キャスターになったが
挫折はやってくる

 パートナーと暮らしていたニューヨークで、NHKからキャスターのお話があったのは1年ほどたってからのことでした。ニューヨーク発のキャスターとして、毎日アメリカの情報を日本に伝える番組です。放映時間は日本の朝3時、5時。衛星放送でしたから、まだアンテナを持っている人はほとんどいない、つまり、経験がなくても大丈夫と説得されたのです。

 しかし、番組を見てくれている人はいて、翌年、夜9時から総合テレビでスタートする80分間のニュース番組「ニューストゥデイ」の国際担当キャスターとして、大きなチャンスをいただいたのです。大型のニュース番組であり、キャスターは7人。私の出演時間は4〜5分ほど。しかしそこで私は、プレッシャーと経験不足で萎縮(いしゅく)し、自分の力のなさをいやというほど思い知らされます。

 苦しい半年間を経た頃、番組自体が80分から60分に短縮され、私はスタジオキャスターをおろされて海外の取材担当リポーターを言い渡されました。その半年後には、リポーターの仕事もなくなります。

 確固たる目標もないまま仕事を続けているうちに訪れた大きな挫折。しかしこの挫折のおかげで、私には仕事へのこだわりが初めて生まれたのです。このままでは終われない。何とかしなくてはと思いました。(談)

くにや・ひろこ ●キャスター。大阪府生まれ。父親の海外勤務にともない、幼稚園時代からニューヨーク(NY)、サンフランシスコ、香港と日本を行き来しながらすごす。79年、米国ブラウン大学(国際関係・国際経済専攻)卒業。帰国後、家庭用品メーカーに就職。81年、NHK「7時のニュース」英語放送アナウンサー、ライター。再び渡米、衛星放送のNY発キャスター。88年帰国、総合テレビ「ニューストゥデイ」、BS1「世界を読む」などを経て93年から総合テレビ「クローズアップ現代」キャスター。ほかに「ベルリンの壁崩壊」「湾岸戦争勃発」「クリントン大統領に聞く」「日本のがん医療を問う」など多数の番組キャスターを担当。放送ウーマン賞、菊池寛賞(制作スタッフとともに受賞)などの受賞歴がある。「クローズアップ現代」公式サイト http://www.nhk.or.jp/gendai/