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「文化を手放すな」
 野田秀樹が語る仕事-1
写真
ギスギスせず生きるために

演劇のはかない一夜は
人生のように愛(いとお)しい

 20代の頃、芝居を作り演じ終えると、その瞬間からあり得ないほどの虚脱感に襲われていました。それは演劇という芸術が持っている宿命なのですが、「消えていくもの」なのですね。どんなに必死になっても、素晴らしい出来であっても二度と完全に同じ舞台は出来ない。

 ところが、僕らがいま育ってきているこの世の中で起きているのは再生文化です。ある時レコードというものが出来て、ライブではなくても同じ音楽が味わえると信じるようになった。本当は決して同じではないが、それはテレビ、映画、あらゆる映像にわたり、さらにインターネット上の再生へと広がっています。演劇もビデオ化されるようになりましたが、やはりこれほど再生しにくいものはなく、現場で味わったものはたとえ翌日でも再生できない、非常に「はかない一夜」があるわけですね。だから芝居を演じてその感覚を味わうと、親からいくら責められても、人からつまらない芝居だと言われても戻れない(笑い)。お金にはならない職業なのに、ずっと演劇の世界で生きていく理由はその魅力にあるのかもしれません。

 演劇を力、方法というか、何かを訴える手段としてとらえる人もある。それも醍醐(だいご)味の一つだとは思います。とても日本的な芝居の見方かもしれませんが、そういう「はかなさ」を人生の比喩(ひゆ)として、僕は演劇に近づいている気がします。

長くボディーブローの
ように効いていく芸術

 この再生文化最盛期の時代に、演劇は影響を与えるかと言えば、それは非常に小さいものでしょう。生涯演劇にまったく関係なく死んでいく人のほうが膨大に多いわけですから。ただ、送り手の思い込みとしては、目の前で、生きた人間が汗を出し、声を出す姿は本当に強い。だから長くその感覚が続いて、後の人生のどこかでフラッシュバックするように出てきたり、突然理解出来たりする瞬間が訪れると思っています。

 もちろん、感動して「ああ、よかった」と涙を流し完結してしまう芝居がいいという人もいます。カタルシスを与えて、泣かせるのも演劇の力の一つですよね。でも、僕が信じている演劇の力はそうじゃない。観(み)た時には完璧(かんぺき)に理解されず、「あれはなんだったんだろう」ということがあっても、それをため込んで持っていてくれればいい。

 おそらく文化や芸術というものは、演劇はもちろん、美術や音楽も含めてそれに触れるたびに、ずっと長く人間の中に蓄えられて人生の底に流れ続けていくのだと思う。何かすぐに答えをくれるわけでもなく、能力が飛躍するわけでもない。でもだからこそ、人生がギスギスしないように生きるには必要なのだと思います。

 ほんの3カ月前に、僕は東京芸術劇場の初代芸術監督に就任しましたが、自由にやってきた野田がなぜ、とよく聞かれます。確かになかなか手ごわい。順風満帆なスタートとは言い難いですが、とにかく貸し小屋ではない現場が出来たわけですから、僕が考える文化の発信をしていきます。

 日本の演劇、文化状況が少しでもよくなっていくなら、やはり仕事人としてここで求められる自分の仕事をするべきだと思うのです。(談)

のだ・ひでき ●劇作家・演出家・役者。多摩美術大学教授。1955年長崎県生まれ。東京大学在学中に劇団「夢の遊眠社」を結成し、数々の話題作を発表。92年劇団解散後、ロンドンに留学。93年に企画製作会社「NODA・MAP」を設立、精力的に作品を発表し続ける。歌舞伎やオペラの脚色・演出、海外では現地演劇人と交流し、ロンドンと東京で全編英語による「THE BEE」「THE DIVER」を上演。2008年4月から多摩美術大学教授。09年7月から東京芸術劇場の初代芸術監督に就任、作・演出・出演を務めた「ザ・ダイバー 日本バージョン」など記念プログラムを展開した。現在「芸劇が注目する才能たち、芸劇eyes」にて劇団ハイバイ「て」上演、野田秀樹原作「赤鬼」「農業少女」をタイの劇団が演じる国際共同制作事業などを展開。