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「科学の出口は言葉である」
 福岡伸一が語る仕事-3
写真
人は生命観を問い続ける

文学も科学も追い求める
テーマは、生命

 人類はずっと、生命とは何か、生きるとはどういうことかの答えを求めてきました。宗教、哲学、文学、芸術、そして科学など、それぞれ異なった分野がこの課題に挑んできたわけですが、ただ交わることはほとんどありませんでした。

 けれど現代は、理科系、文科系と分かれて歩んでいては解決できない生命の問題が、生活の中に出てきています。例えば脳死問題のように、「脳が機能していない体を死体とみなしてよいか」といった問題や、遺伝子組み換え技術の応用が安全性の観点だけから議論されてよいのか、あるいは「脳始問題」などです。

 ヒトはいつヒトたりうるのか。脳死の対称点として、脳が始まった時がヒトの出発点なら、それ以前の胚(はい)は単なる細胞の塊とみなされ操作の対象となりえます。このように、文系と理系が協同して扱うべき課題が次々と現れ、両者が歩み寄る必要が高まってきました。

 大学に入ったばかりの時、教授が「君たち、生命ってなんだと思う?」と問いかけました。何かすごい答えが聞けるのかと、胸躍らせて待ち構えたけれど、話はそれっきり(笑)。私の30年以上に及ぶ仕事は、その問いに対して自分なりの言葉で表現することに尽きるのですね。

科学は「Why」の疑問に
答えられない

 「なぜ私たちは存在しているのか」「なぜ生命は生まれたのか」と、みなさんは聞きたいでしょう。でも残念ながら科学はこのような「なぜ(Why)」に答えることができない。科学が答えられるのはせいぜい、私たちの生命がどのようにふるまっているか、という「How」の疑問に対してです。「生命とは絶え間なく変化しながらバランスを取っている動的平衡である」とか「傷がなおるのは細胞が交換されているから」とか、そういった「How」を語ることしかできない。

 そしておそらく宗教や文学は「Why」に答える機能を担うものとして、科学を補完してくれる存在なのではないでしょうか。例えば「なぜ私たちは存在しているのか」という問いに、宗教なら「神がおつくりになったから」とシンプルに答えることができます。フェルメールのような芸術家は、言葉にできない世界観を描くことを出口にしていたのではないでしょうか。

 科学があえて生命の「なぜ」に対して語ろうとすると、答えはたった一つしかなくなります。「進化の過程で有利だったから」と。しかしこれには単純化の罠(わな)があります。例えば私が好きな昆虫の世界を見てみると、そこには驚くべき多様性があります。過剰なまでの華美さや形態の奇妙さ、行動の精妙さがあります。ここには偶然そうなったとしかいいようのない中立的な何かが含まれているような気がします。

 性急に「なぜ」を解こうとせず、この世界の豊かさのありようを記述することが科学の役割でもあると思います。(談)

ふくおか・しんいち ●青山学院大学教授、分子生物学者。1959年東京都生まれ。京都大学卒、米国ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て現職。専門分野で論文を発表するかたわら一般向け著作・翻訳も手がける。2006年第1回科学ジャーナリスト賞受賞。著書に『プリオン説はほんとうか?』(講談社ブルーバックス)、『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書、サントリー学芸賞受賞)、『動的平衡』(木楽舎)、『できそこないの男たち』(光文社新書)、『ルリボシカミキリの青』(文藝春秋)など。最新刊は対談集『エッジエフェクト』(朝日新聞出版)。公式サイト http://fukuoka-hakase.cocolog-nifty.com/