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Heroes File
Vol.56 前編

続く課題に、飽きる暇が
なかったスケート

 アジア初のフィギュアスケート五輪金メダリストである荒川静香さん。プロに転向して6年目の彼女は、アイスショー出演やスケート番組の解説など様々な活動に挑んでいる。

 そんな彼女がスケートを始めたのは5歳の頃。当時水泳、エレクトーン、バレエなど多くの習い事をしていた。「両親は、習い事を始めるのもやめるのも全て私に決めさせました。例え失敗が見えていても、それを見守り、私が自分で答えを見つけられるようチャンスを与えてくれたんですね。また、私は課題をクリアするとすぐに飽きてしまいがちだったのですが、スケートでは次から次へとコーチが課題を与え続けてくれて飽きる暇がなかったんです」

 一人っ子のせいか人との競争に興味はないが、自分に負けたくない性分で、難しい技もできるまで練習し、小学生で3回転ジャンプを全て跳び、天才少女と呼ばれた。その後、海外の試合やシニアの大会にも出場。そんな彼女の初めての挫折は、15歳で国際大会に補欠として派遣された時だった。

内面の伝え方を考え
コンプレックスを解消

 「とても屈辱的でした。補欠だと選手のIDがないので会場に入れず、食事券ももらえなくて頼まれるのは雑用ばかり。この体験で、試合にいくなら正選手として堂々と行きたいと強く思うようになりました」

 高校生で参加した長野五輪は目の前のことに追われるうちに13位で終了。大学は自分の将来の道を探す4年間にしようと自己推薦入試で入学。スケートと家事、授業、アルバイトをこなす多忙な生活ながら、同年代の友人と親交を深める日々は充実していた。ただ、スケートは大きな大会に出場してはいたものの順位が振るわず、ソルトレークシティー五輪の代表からもれ、引退も考えた。

 「実は20歳でスケートをやめようと決めていたんですが、本当にこのままやめても悔いが残らないかを深く考えた結果、心が引き戻された。そこからアスリートとして戦うことを真剣に考え始めました」

 大学3年の時にはニコライ・モロゾフコーチの教えを受け、欧米選手に抱いていた表現力のコンプレックスを解くことができた。表現力とは、内面の伝え方を考えることだと教えられ、与えられた振り付けを自分なりにどう消化するかが、みるみる楽しく感じられていく。そしてその後に米国で見たアイスショーが運命を変えた。

 「プロになった有名な選手たちが集うすばらしいショーを見て、自分もその世界に入りたいと思いました。そのためには彼らのように大きな大会のタイトルを持ち、知名度を上げることだと、初めてタイトルを狙う目標を持ったんです」

(田中亜紀子=文 小山昭人=写真)
「後編」は8月7日(日)に掲載する予定です。

荒川 静香
あらかわ・しずか 1981年東京都生まれ。プリンスホテル所属。2004年世界選手権で優勝。06年トリノ五輪でアジア初のフィギュアスケート金メダルを獲得。同年5月にプロ宣言し、現在は国内外のアイスショーを中心に活躍。8月26日(金)〜28日(日)に自身プロデュースの「フレンズオンアイス」が新横浜で開催される。
「マイナビ転職」からもご覧いただけます。

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