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Heroes File
Vol.68 後編

テニスをツールに自分を
磨いて成長すると決めた

 25歳で人生最大のピンチを迎えた杉山愛さん。先が全く見えず母親にやめたいと相談すると「そんなことでは、これから先何をやってもうまくいかない」と怒られる。「確かに不完全燃焼のままでした。あの時、母に『私がこの先どうすればいいか見える?』と聞いたら『見える』と。そこで私のテニスをよく見てきた母にコーチをお願いしました。後で聞くと母に見えたのは、私が本来のテニスに戻った姿だったと。躍動感のあるテニスが私の特徴だったのにそれを失っていたんです」

 コーチとしては素人の母親と二人で基本に戻り、ボールの打ち方からやり直す。同時に体のメカニズムを学んだり、トレーニング方法も勉強したりした。

 「振り返ると25歳は、人としても選手としても立ち止まった時期でした。それまでの私は子どもで、この時も自分からお願いしたのに甘えが出て母に素直に従えなかった。そういった精神面も含め大人にならなければ、ここより先の自分はないと、テニスをツールに自分を磨くことを決めました」

 そう決めると、何か問題が起こった時、以前は「悲しい」と感情的に反応したことも、「なぜこれが起きたのか、どうすればこれを活(い)かせるのか」と考えられるようになった。

 「仕事ならいい時も悪い時もあって当然。悪い時をどう過ごし、ベストをどう尽くすかが大切だと分かったんです。体が動かないならウオームアップやメンテナンスの方法を考え、気持ちが乗らないなら音楽や呼吸法で自分を鼓舞し、あの手この手で自分の引き出しを増やすことが肝心だと」

頑張り切れた体験が
新しい自分の自信になる

 そんな思いでまたテニスに向き合い、2003年にはシングルスとダブルス共にツアー優勝。28歳で再びダブルスのランク1位になり、シングルスもトップ10に入る。その後、34歳まで世界のトップで戦うが、肉体的にも精神的にも燃え尽きて引退。でも、一度も引退を後悔していないという。

 「25歳のピンチがなかったら、もっと早く引退し、内面的にも成長していなかったと思います。競技人生は過酷でしたが、テニスは私にとって天職でした。引退後はいろいろな分野の仕事に挑戦させて頂いていますが、天職とはそうは見つからないものだと思うので、焦らず10年ぐらいかけて、もう一度見つけられたらうれしい」

 「何事も興味があるなら踏み出すことが大切だと思っています。目標は人それぞれ。世界一でも日本一でも、クラス一でもいい。各自の目標に向かって頑張り、頑張り切れた時の達成感が、新たなことに挑戦する自信になると思います」

(田中亜紀子=文 田中史彦=写真)
次回は柳楽優弥さんが登場。2月19日(日)に掲載する予定です。

杉山 愛
すぎやま・あい 1975年神奈川県生まれ。17歳でプロデビュー。ダブルスで4度のグランドスラム優勝を果たし、世界ランク1位に輝く。グランドスラム連続出場62回のギネス記録を樹立し、34歳で引退。現在はテレビ情報番組のコメンテーターや後進の指導者として活動中。1月に著書『勝負をこえた生き方』を刊行した。
「マイナビ転職」からもご覧いただけます。

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