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Heroes File
Vol.70 前編

中学時代から始まった
キャプテン人生

 昨年末、宮本恒靖さんは約17年間に及ぶサッカー現役生活にピリオドを打った。日本代表で2度主将としてチームを率い、ガンバ大阪でも主将として優勝に導いた。頭脳的なディフェンダーの姿と共に主将としての顔も印象的だ。現在はFIFAが運営する大学院への進学準備中と、すでに彼の新しい挑戦は始まっている。

 サッカーを始めたのは小学4年の時。テレビで見たマラドーナ選手のプレーに魅了され、ソフトボールからサッカーに転向した。スポーツに熱中しつつ、どこか冷静さの捨て切れぬ子どもだったという。

 「鍵っ子のせいか何事も自分で考える癖がついて。うまく説明できませんが、小6の頃から自身を遠くから見る自分の声が聞こえてくるようになった。これが常に一歩引いて考える自分の基礎になりましたね」

 中学3年時には部活動の主将と生徒会長を務める。「キャプテンマークをつけられるのがうれしくて、飽きずに続けられるよう練習メニューを工夫しました。この頃から次の目標を考えることがモチベーションになった。例えば関西代表になれても日本代表には選ばれなかった時、友人が関西代表はすごいと言ってくれても、僕は次に行ける方法を考えていた」

自分の強みを考え
自信をつけてエネルギーに

 高校は進学校へ入学。サッカーは、「この人」と思うコーチのいるガンバ大阪のユースチームで、プレーだけでなくサッカーそのものや戦術を学んだ。文武両道を貫き、卒業後はガンバ大阪でプロになると同時に、同志社大学に進学。しかし、チームでは試合出場はおろかポジションさえ定まらなかった。「この時が最もつらかったですね。確固たる自分の道が見つけられず不安でした。一方でU-20の代表チームに招集され、その主将となって世界大会を戦うことになった。これはすごく名誉でした。それに主将は、監督の戦術を理解し選手に伝えて選手と監督との橋渡しをしたり、メディアにチーム代表でコメントを出したり、いろいろな役目がある。日本代表の主将としてプレーすることに自分の存在意義を見いだし、それは所属チームに戻った時の活力になりました」

 その後、ガンバ大阪でも23歳で主将となり、2002年日韓大会でも代表チームのキャプテンに。しかし直前に鼻を骨折。彼は黒くマジックで塗ったフェースガードをつけて試合に出場した。この姿は世界中で「バットマン」と呼ばれ、彼のディフェンダーとしてのプレーが注目されるきっかけとなる。だが試合は、グループリーグを突破し日本中で期待が高まる中、トルコに悔しい敗北を喫した。

(田中亜紀子=文 森 浩司=写真)
「後編」は3月11日(日)に掲載する予定です。

宮本 恒靖
みやもと・つねやす 1977年大阪府生まれ。同志社大学経済学部に進学しつつ、95年にガンバ大阪でプロ選手となりJリーグ初出場。2002年日韓大会に主将として出場しベスト16入り。05年ガンバ大阪でJリーグ年間初優勝。07年オーストリアのレッドブル・ザルツブルクへ移籍。09年からヴィッセル神戸に所属し、11年末に現役引退。
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