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Heroes File
Vol.72 前編

純粋ゆえの残酷さを
あぶり出す新訳「サロメ」

 平野啓一郎さんは今年初めて戯曲の翻訳に挑戦した。5月に上演されるオスカー・ワイルドの『サロメ』だ。これまでの官能的なサロメのイメージを払拭(ふっしょく)し、彼女の無邪気さと残酷さに焦点を当て、それゆえのサロメの悲劇性をくっきりと浮かび上がらせた。

 「純粋な人間に潜む恐ろしい心、あるいは社会そのものの残酷さ。これらは現代社会の鬱屈(うっくつ)に大いに通じるところ。そこを意識しつつ、ワイルドが表現したかったものをできるだけ壊さないように翻訳の作業を進めました」

周囲との違和感が
創作の原点

 デビューして13年になる。

 文学に目覚めたのは中学生の時。きっかけは三島由紀夫の『金閣寺』だった。

 「当時、自分は周りと何かが強烈に違う、そんな違和感がありました。友達とは仲は良かったけれど、常に満たされないものを感じていた。彼らが楽しんでいることを全然楽しめない自分がいる。そんな中、唯一共感できたのが文学の世界。自分の考えと同じ人たちが歴史上にはこんなに存在するんだという発見もあり、どんどんのめり込んでいきました」

 だが、その頃は周りとのギャップを何とか埋めようとしていたという。「みんなが面白いと思うものに同調できた方が楽しいしラクそうな気がして。法学部を選んだのも社会に順応して生きていけるような自分になるためでした」

 しかし大学2年生の頃から、やはり文学への愛情が捨てきれず、「作家になりたい」と強く思うようになる。当時は芸術至上主義にかなり傾倒しており、生活と創作は全然別ものとして捉えていた。「だからアルバイトでもしながら、小説を書き続けていければいいかなと思っていましたね」

 とはいえ、自称作家はどうも恥ずかしい。誰かに認めてもらいたいという一心で、文芸誌『新潮』の編集長に小説「日蝕」を送った。新人の登竜門と言われる文学賞にあえて応募しなかったのは、「今思えば青臭い考え方ですが、賞などとは一切無関係の作家に憧れていたから」だった。

 「いきなり送っても読んでもらえないと思い、事前に自身の文学観や思いをつづった手紙を出しました。手紙にも文才は出る。たった一人を魅了できなかったら、何万人もの心を打つような小説家になどなれないと思い、自分の人生全てを懸けて書きました」

 その思いが通じ、「日蝕」は『新潮』の巻頭を飾る。無名の新人としては極めて異例なこと。しかも翌年には芥川賞受賞という快挙を成し遂げるのだった。

(井上理江=文 田中史彦=写真)
「後編」は4月8日(日)に掲載する予定です。

平野 啓一郎
ひらの・けいいちろう 京都大学法学部卒業。大学在学中の1998年に発表した『日蝕』で第120回芥川賞を受賞。主な著書に『葬送』『決壊』『ドーン』『かたちだけの愛』など。5月31日(木)から新国立劇場で上演予定の「サロメ」(オスカー・ワイルド作、宮本亜門演出)で翻訳を担当。この戯曲は4月12日(木)に光文社古典新訳文庫から刊行予定となっている。
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