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Heroes File
Vol.76 前編

「ちょっと休憩」で
バックパッカーの旅に出た

 飾り気のない表情と、せわしなく動くスレンダーな手足。舞台やミュージックビデオの振り付けなどで幅広く活躍する康本雅子さん。今最も注目を集めるダンサーの一人だ。

 「いつも持久走はビリ」なほど体力がなかったというから驚く。でも中学時代に部活でダンスを始め、高校時代も部活とディスコで踊り続けた。大学では映像を学ぶつもりも強い興味を見いだせず、中退してダンスカンパニーに入団する。

 「ダンスを一から学ぼうと入ったものの、ここでも体力と根性が一番なくて」。ダンス以外に学ぶことも多く充実していたが、1年で燃え尽きた。そして「ちょっと休憩」のつもりでバックパッカーの旅に出る。

 初めはタイだった。その後アジア諸国を回るうちに旅の魅力にのめり込む。しかし貯金が尽きて、旅費を稼ぐためにオーストラリアへ。そこで康本さんは見たこともないダンスと出会う。太鼓に合わせて全身でリズムを刻む、アフリカンダンスだった。クラブで知り合ったジャマイカ人と一緒に踊り、初めて「ダンスってこんなに気持ちいいんだ」と魅せられた。夢中になった康本さんは一時帰国後、アフリカンダンスの本場セネガルへ飛んでゆく。現地では、祭りがあるよと聞けば「連れていって!」と飛び付き、ダンスをむさぼり尽くすような4カ月だった。

 いよいよ帰国という時、友人のいるニューヨーク(NY)に立ち寄った。そこは開放的でダンススタジオも多く、「ここに住みたい」と気持ちが高ぶった。ビザを取得してすぐ戻ろう、そう決めて東京へ向かった。

24歳、自分のダンスで
初めてのお金をもらう

 「でも、帰ってみたら貯金はないし、ビザもすぐに取れなくて、ガーンという感じでした」

 久しぶりの東京はなじめなかったが、食いつなぐためにウエートレスのアルバイトを必死でやった。「ただ、心はまだNYを思っていて、ふっと悲しくなったりする。まるでかりそめの自分を生きているようでした。でも、だらだらしていても扉は開かない。その場しのぎではなく、仕事を見付けて居場所をつくらなきゃと気が付いたんです。ならば自分にはダンスしかない。ここでダンスが仕事にならなかったら、今までの時間は何だったのか。スキルがなくともとにかくやろうと心が決まりました」

 自信はなかったものの、ダンス事務所のオーディションに何とか合格。初めての仕事はデパートのパレードダンサーだった。車の上で1時間、延々と同じ振り付けで踊った。「それでもすごくうれしかった。ああ、自分のダンスがお金になったんだって」。24歳、ダンサー人生のスタートだった。

(井上瑶子=文 田中史彦=写真)
「後編」は6月10日(日)に掲載する予定です。

康本 雅子
やすもと・まさこ 1974年東京都生まれ。アジア諸国、セネガルなどを放浪したのち、99年からダンサーとして活動を始める。国内外で自作品を精力的に発表する一方、ミュージックビデオやCM、松尾スズキや白井晃の演劇作品への振り付けにも携わる。6月28日(木)からシアタートラムにて単独公演「絶交わる子、ポンッ」を開催。
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