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Heroes File
Vol.23 前編

人間として成長したいから
最終目標はあくまでNBA

 2008年9月、日本のバスケットボール界に、日本人初の元NBA(米プロバスケットボール)プレーヤー・田臥勇太さんが帰ってきた。

 小学2年からバスケットボールを始め、能代工業高校時代には3年連続で高校総体、国体、全国高校選抜を制し、史上初の9冠を達成。卒業後ハワイへ留学し、02年にはトヨタ自動車アルパルクへ入団するものの、03年に再び渡米。その後、NBAを目標に一貫してアメリカでプレーを続けていた彼が、日本のリーグ、リンク栃木ブレックスへ入団したのだ。

 「アメリカのマイナーリーグは競争が激しく、なかなかゲームに出場できない。ならば日本のチームで活躍してNBAにアピールした方がいいと考えました。僕にとってはあくまでNBAが最終目標。それをあきらめて日本に戻ってきたわけではありません」

 04年、フェニックス・サンズの一員としてNBAの試合に出場できた時の興奮、感動は今でも忘れられない。だが、それ以上にNBAのチームに入れたことの方がうれしかったと田臥さんは言う。

 「NBAでは、スター選手になるほどコートを離れてもかっこいいんです。ロッカールームでの他人への気遣いとか、練習に取り組む姿勢とか」

 闘争心が圧倒的に違う。みんな熱く、生死をかけてプレーしているよう。そのハングリー精神が魅力であり、今なおNBAを目指しているのは、そんな彼らとまた一緒にプレーしたいという思いと、人間としても成長し彼らに近づきたいという願いがあるからだ。

アメリカでは解雇、
挫折、悔しさの連続

 アメリカでは「試合に出た翌日に解雇」も当たり前。実際、田臥さんも渡米1年目にNBAデンバー・ナゲッツと契約するが、シーズン直前に解雇。サンズでも他の選手の復帰によって4試合出場後に解雇。

 「マイナーリーグでもその繰り返し。理不尽なことも多く、悔しさと挫折の連続でした。でも受け入れるしかない。アメリカではそれが当然の世界なんです」

 だから、クビを宣告されると傷心に浸るどころではなく、すぐに次の所属チームを探し始めるそう。そういう意味でアメリカでは精神的にかなり鍛えられたと振り返る。「悔しい経験が結果的に今の自分のバネになりました」

 何より好きなバスケのことだから、どんなに苦労してもあきらめることはなかった。

 「身長が173センチしかないから、大きな選手には負けたくないという気持ちも人一倍強くて」。小柄な体格へのコンプレックスも彼の原動力になっていたのだった。

(井上理江=文 小山昭人=写真)
「後編」は4月11日(日)に掲載する予定です

田臥 勇太
たぶせ・ゆうた 1980年神奈川県生まれ。秋田・能代工業高校時代に史上初の3年連続3冠達成。2004年フェニックス・サンズと契約、日本人初のNBA公式戦デビューを飾る。その後、NBAの下部リーグNBADLでプレー。08年から日本バスケットボールリーグのリンク栃木ブレックスに所属。
「マイナビ転職」からもご覧いただけます。

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