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「一人前でありたい」
 国谷裕子が語る仕事-1
写真
若い時はチャンスが見えない

私も、もっと教えて欲しいと
甘えた気持ちの新人だった

 私は最初から放送界に就職したわけではありませんでした。自分に何ができるか、何がやりたいのかといった明確な思いもなかったのです。ただ、当時は外国の大学を卒業した私のような者には日本企業の門戸は狭く、就職が本当に難しい時代でした。

 結果として、実家のあった関西で、外資系の家庭用品メーカーに入社します。研修を受けてから実際の仕事に就くのだと思っていたら、入った時からいきなり化粧せっけんの担当になり、明日は東京出張へ、来週は沖縄へマーケティング調査に行ってきてとか、日本中あちこちのマーケットを見てくるようにと指示されるのです。同じ時期に入社した人はなく、まったく私一人だけ。仕事の内容もまだ分からぬまま、東京の広告代理店へ行き、そこでテレビCMの絵コンテを見せられて、さあ意見を言ってと促される。女性の感性でということだったのでしょうけれど、私は貝になっていました(笑い)。

 マーケティングの仕方も分からないままリポートを書き、さらに、その化粧せっけんのパッケージ発注、工場への金型注文、セールスプロモーションの仕組み作りと、本当にびっくりするような課題が次々に出されるのです。

 チャレンジングな仕事がしたい、責任を持たせてもらいたいという気持ちがある一方で、なぜ丁寧に教えてくれないのか、なぜ私を指導してくれないのかと思う日々をすごしました。新人の甘えだったのかもしれません。結局、なぜ一つでも多くせっけんを売らなくてはいけないのかと、納得がいかなくなり、一年足らずで辞めてしまったのです。

 でもあとから聞けば、これはブランドマネジャーと、私のようなブランドアシスタントが2人でチームになって商品開発から販売戦略まで手がける、ブランドマネージングシステムという、当時、最先端のビジネス手法だったのです。

鍛えてくれる職場は
やはり人を伸ばす

 就職した会社がそういうチャンスを与えてくれていたことに、私はまったく気づきませんでした。あらゆる視野、あらゆる人の立場に立って、工場、セールス、アート、マーケット調査など、自分が中心にいて現場のすべてを勉強できる立場であることに思いも至らなかったのです。

 それどころか、人に頼り、指導してくれないことに不満を募らせてしまいました。責任を持つ覚悟というものが、入ったばかりの私には足りなかったのです。

 なぜこんなことをしなくてはいけないのか。一体、これをやることでキャリアは積み重なっていくのか。若い時には分からないことばかりですが、でもそれは、自分の視野がまだ狭いゆえ、なのではないでしょうか。

 私はその会社を辞したあと、通訳をしたり、リサーチャーをしたりして、その時々にバラバラな仕事をつないできたのですが、結果として、わずか一年の新人経験も含めて、今のキャスターという仕事にすべて生かされていると感じています。(談)

くにや・ひろこ ●キャスター。大阪府生まれ。父親の海外勤務にともない、幼稚園時代からニューヨーク(NY)、サンフランシスコ、香港と日本を行き来しながらすごす。79年、米国ブラウン大学(国際関係・国際経済専攻)卒業。帰国後、家庭用品メーカーに就職。81年、NHK「7時のニュース」英語放送アナウンサー、ライター。再び渡米、衛星放送のNY発キャスター。88年帰国、総合テレビ「ニューストゥデイ」、BS1「世界を読む」などを経て93年から総合テレビ「クローズアップ現代」キャスター。ほかに「ベルリンの壁崩壊」「湾岸戦争勃発」「クリントン大統領に聞く」「日本のがん医療を問う」など多数の番組キャスターを担当。放送ウーマン賞、菊池寛賞(制作スタッフとともに受賞)などの受賞歴がある。「クローズアップ現代」公式サイト http://www.nhk.or.jp/gendai/