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「青臭く仕事の原点を問おう」
 國松孝次が語る仕事―1
写真
書生の気持ちを忘れない

選択肢も少なく
勧められた警察職へ

 大学4年で卒業する直前に肺結核をやりました。五十数年前の当時、民間の会社では採用してくれる所がなく、就職できずに1年間留年。同学年の仲間たちは皆、銀行や大手企業、公務員など様々に社会へ出ていきました。

 それからは、適当に大学でブラブラしながら療養し、体も良くなってきて、さて仕事をどうするかという時に、大学で所属していた剣道部の師範から警察の試験を勧められました。この方は警視庁の主席師範で、「警察というのも、なかなかやりがいのある所だから」と。

 試験に合格して入庁してみると、やはり民間の会社とは違います。警察の仕事は人の人権に関すること、要するに人を逮捕することなどがついて回り、しかも一定の勾留期間内に処理しなければならないという厳しさがあります。その期間は、捕らえてから48時間、検察庁に送って24時間、そして検事勾留が最長20日間。全部合わせて23日間以内に事件を処理するのが一つのサイクルで、相当にスピード感のある判断をしていかないと、時間を過ぎたらどんな判断も意味を持たなくなってしまうのです。

 また、普通の市民と接するのは交通警察などで、それ以外の刑事警察や警備警察では人間のいい面ではなく、どちらかというと極限に近い状態に置かれたもう一方の人間の面を見ることが多いのです。私がいわゆる現場で仕事をしていたのは最初の10年間ほどでしたが、時間の制限がある中で捜査し、矢継ぎ早に判断を下さなくてはならないので、実際の仕事をうまく処理する能力は重要でした。しかし、その中で仕事をしていくには、やはりそれなりの心構えも必要でした。

自分の仕事の本質を
どう踏まえていますか

 現在も、警察だけではなくどんな職場でも、実務重視という考え方は加速し、現場の実情に通じた人が高い評価を受けています。それはもちろん重要な柱で、その仕事の力がなければ社会は回っていかない。異論はありません。

 ただ、私は現場仕事に追われながらも、よく酒の席などで先輩たちから、「役人道」とも言える、後々まで心に残るような話を聴き、それによって、自分の仕事の原理原則についての心構えができていったと思います。自分は何をしていくべきかといった、青臭い理想を議論しようなどとは今時誰も言わなくなりましたが(笑)、煩雑な日常の仕事に振り回され、 過った判断をしてしまいそうになる時に、支えになったのは仕事の本質に立ち返る書生論でした。

 仕事はどんどん流れていく。目の前のことの処理で精いっぱいです。でも、流れについていくだけでは見失うものがある。その流れに目印の旗を立てること。どんなふうに自分の仕事で人の役に立ち、社会を良くしていけるのか。若いうちから青臭い議論をして、確認できるようにしておくことですね。

 企業でも個人でも、不祥事が起こったり、肝心のところでタガが外れたりするような事態を数多く見てきました。最後は自己責任で、その場その場で判断するしかありません。そしてその判断が妥当なものになるかどうかは、本人が自身の仕事の本質をどう踏まえているかなのです。(談)

くにまつ・たかじ ●元警察庁長官、NPO法人救急ヘリ病院ネットワーク会長。1937年静岡県生まれ、東京大学法学部卒業。61年警察庁入庁。警視庁総務部広報課長、在フランス日本国大使館1等書記官、兵庫県警察本部長、警察庁刑事局長などを経て、94年警察庁長官。95年の狙撃事件から復帰し、97年退官。99〜2002年在スイス特命全権大使。03年救急ヘリ病院ネットワーク理事長就任、12年から現職。著書『スイス探訪 −したたかなスイス人のしなやかな生き方−』。